谷保天満宮旧車祭
オートモビル・クラブ・ジャパンの由緒
『自動車の宮様』と称された有栖川威仁親王の自動車乗用御奨励の御志しに基き企画された我が国初の「遠乗会」(ドライブツアー)の目的地は、谷保(やぼ)天満宮でした。
天満宮の梅林における食事会の席上、わが国初の自動車倶楽部(オートモビル・クラブ・ジャパン)が設立され、「自動車の将来について」語り合われました。
明治41年8月2日の東京朝日新聞には、その時の様子が詳しく記されています。
長岡外史(ながおかがいし)陸軍少将の発言
(軍隊での自動車の利用)
『軍隊では之(自動車)を試験するようになった。殊に軍隊では将来これを砲車にも輸送車にも用いたいという希望を持っている、現在日本における自動車はその数に於いても制作に於いても決して盛んだと云うことは出来ぬが今日の如く自動車が十台余りも揃って遠乗会をしたことは自動車の為に記念すべきことでしかも今日この壮挙を試みることの出来たのは全く有栖川宮殿下の御奨励と御庇護に依るものである』と述べ殿下の万歳を三唱して一同之に和し更に自動車の万歳を唱えた。
矢野恒太(やのつねた)(第一生命創設者)の発言
(自動車工業の芽生え)
この機会を利用して自動車倶楽部を設立せんことをはかり一同これに賛同した(わが国初の自動車倶楽部)は谷保天満宮の梅林で設立された
『現在多くの人々が乗っている馬車人力車は此の忙しい時代に仕事をする人の乗用車としては実に非文明的で又不便である。これは是非自動車の如き文明的なものに変えなければならぬが然し現在の自動車は余りに価が高いから誰でも之を買うということは不可能である、されば如何にしたら自動車を廉く作ることが出来るかを研究するのは刻下の急務であるがそれには相当の費用も要るし有力者の力も借りなければならぬ、是非諸君のご尽力に依って此の事を成功したいものだ』
宮様御一行は天満宮の拝殿に昇殿参拝された後、整備も不十分な道路で故障や事故も無く無事に帰途に就かれた。
谷保天満宮が(交通安全祈願発祥の地)たる所以といえます。
ル・ボラン2018年2月号#491 P.132~133
国分寺在住のライター下野康史氏が「カバタよろず乗り物研究所」で歴史的背景を踏まえ、2017年12月3日に開催した「谷保天満宮旧車祭2017」を今までにない切り口の記事で掲載してくれました。【出典:ル・ボラン】
2018年2月号 P.132 PDF版(2136KB 別窓)
2018年2月号 P.133 PDF版(2480KB 別窓)
谷保天満宮旧車祭のチラシ
谷保天満宮旧車祭2024
谷保天満宮旧車祭2023
谷保天満宮旧車祭2019
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